導入事例東京大学医科学研究所 様

JDream SRを活用し、患者ごとに最適な治療を導き出す

掲載日:2021年8月27日

東京大学医科学研究所

ヒトゲノム解析センター センター長 教授
(健康医療インテリジェンス分野 分野長)
井元 清哉 先生

附属病院 血液腫瘍内科 助教
横山 和明 先生

導入効果

  • 膨大な文献の中から目的の論文に素早く到達
  • 重要キーワードのハイライトやエビデンス表示により文献の素早い理解へのサポート

キーワード

  • JDream SR

AIを活用した医薬文献検索ツール「JDream SR」

ゲノム解析技術の進歩により、がんの発症機序、進行度、治療効果、予後には数百〜数千の遺伝子変異が関与していることが分かってきた。遺伝子変異と臨床データを紐付けて理解するには文献情報の解析が欠かせないが、その膨大な作業をアシストしてくれるのがAI技術だ。

「JDream SR」は医療分野の文献情報調査に効率的な機能を備え、ゲノム医療に特化した機能も提供している。この最新のAIツールである「JDream SR」は、がんのゲノム医療分野に何をもたらそうとしているのか、東京大学医科学研究所の最新研究成果についてJDream SRの活用事例を含めて紹介する。

生命科学と数理科学の融合が医療の革新をもたらした

人のゲノムの全塩基配列を解析するプロジェクト「ヒトゲノム計画」は、2003年に完了し、ヒトゲノムのシークエンスが決まった。2010年頃にはゲノムワイド関連解析(GWAS)によってSNP(一塩基多型)と病気のリスクとの関連が次々に明らかになり、現在では、がんや神経難病などこれまで原因が分からなかった病気の発症メカニズムが次々と遺伝子レベルで説き明かされようとしている。

こうした生命科学の進歩を支えているのは数理科学だ。例えば、2007年に登場し現在ではゲノム解析に欠かせない技術となった「次世代シーケンサー」では、がんの原因となっているゲノム変異を見つけるために、「正常なヒトゲノム」と「がんゲノム」の塩基(ATCG)2100億文字相当を出力し、それらを解析する。

「次世代シーケンサー」は、DNAを100文字ぐらいの断片ごとに出力。それらをスーパーコンピューターを用いて21億ピースのジグソーパズルを解くように解析する。この技術によって1人分のゲノムシークエンスを得るコストは、2001年に100億円だったものが、2018年には5〜6万円と17年で10万分の1となった。

全ゲノム解析の技術を臨床の場に実装

解析イメージ

東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターのセンター長を務める井元清哉教授も数理科学(数理統計学)の専門家である。井元センター長は「2008年に国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC;International Cancer Genome Consortium)が設立されたことによって、がん検体の全ゲノム解析が進み、2010年頃には個人のゲノム情報を医療に応用できるという確信が得られた」と解説する。

最新技術である全ゲノム解析を、がんの臨床の場に実装していくにはどうしたらいいのか。世界中の研究者が模索するなか、2013年に医科学研究所では大腸がんのゲノム医療に取り組み、2015年頃からは白血病など血液のがんのゲノム医療にも力を入れ始めたという。医科研附属病院は血液腫瘍内科に強みがあり患者も多かったからだ。当時、血液のがんは大腸がんなど固形がんと比較して遺伝子変異が少ないと考えられていたことも理由の一つだったという。

プロジェクトチームが最も重要な課題としたのはゲノム解析のスピードだった。血液腫瘍内科の東條有伸教授(当時、2021年から東京医科歯科大学副学長)は、「白血病の患者は1週間〜10日ほどで病状が変化することも多い。どんなに正確でも解析に1ヶ月もかかっていては何の役にも立たない」と指摘。その点、医科学研究所にはヒトゲノム解析センターのスパコンがある。井元教授らは「血液がんの全ゲノム解析で1週間以内に結果が出る。そういったプラットフォームを作らなければいけない」と考え、今に至っているという。

ゲノム配列と臨床データが紐付けられた文献情報の解析をAIがアシスト

臨床医にとっての大きな課題はもう一つあった。それは見つかった遺伝子変異の臨床上の意味を精査し実際の治療に結びつけることだ。ゲノム配列と病態、治療法、予後などが紐付けられた重要な情報源には文献情報があるが、井元教授は「全ゲノム解析の時代には文献調査にAI(人工知能)などIT(情報技術)のアシストが欠かせなくなる」と考えた。

なぜなら生命科学の代表的な科学論文データベースである「PubMed」には3,000万もの文献情報が収録されている。患者に見つかった遺伝子変異の数が10程度であれば担当医が文献検索を行い、得られた結果の文献を読み込むこともできるが、数百〜数千になった場合は人手による調査は不可能だ。

そこで井元教授らは2015年からAIを用いた研究に着手。そこに東條教授の指示で加わったのが血液腫瘍内科横山和明助教だった。横山助教は「全ゲノム解析の結果は、病気の発症には数個の遺伝子変異が重要な役割を果たしていると信じてきた臨床医にとって驚くべきことだった。多数の遺伝子変異に関する膨大なデータ(遺伝的背景)を検討するのにAI(人工知能)などに頼るのは自然の流れだと感じた」と解説する。

最初に大きな成果が出たのは2016年のことだった。60代の女性が急性骨髄性白血病を発症。標準的な化学療法を行ったにも関わらず致命的な造血不全に陥った。原因が分からないなか、白血病細胞のDNAを「次世代シーケンサー」で解析、AIシステムを用いて膨大な文献情報を精査したところ二次性白血病の可能性が判明。治療法の変更により造血機能が回復。「現在も健康を維持されている」(横山助教)という。

「JDream SR」で進化した文献調査のアシスト

AIが臨床医によるゲノム配列の理解をアシストすることは先の研究でも証明された。その後、井元教授や臨床医のアドバイスや研究成果を取り入れ、富士通とジー・サーチが新たなツールとして開発したのが「JDream SR」だ。JDream SRはAIを用いて3,000万件を超える膨大な論文から、「疾患と遺伝子変異」、「疾患と遺伝子」、「医薬品と遺伝子」などの関係性を解析。この解析結果に基づく重要単語の抽出と関係性のハイライト表示、関連エビデンスの表示、図の一覧表示等、臨床に必要となるエビデンス抽出を短時間で処理することを可能にしたサービスだ。

井元教授は「AIは、見つかった遺伝子変異を入力すると、過去の文献情報を元にどれが病気と関連する変異(ドライバー変異)か、治療薬として用いられたのは何かなどをリストアップする。しかし、医師は『なぜドライバー変異と判断したのか』『なぜ治療薬として用いたのか』根拠を求める。JDream SRは、その根拠を示す論文を早く見つけだし読み解くのをアシストしてくれるツールだ」と解説する。

横山助教も「JDream SRは多忙な臨床医をサポートする機能を備えている」と評価する。例えば、医師はまず根拠が得られる可能性のある文献を「斜め読み」する。そのとき出力されたアブストラクトに重要なキーワードがハイライト表示されるほか、文献をすばやく理解するのに重要な図表を探しやすくする機能もある。「必要な情報がカタログショッピングのような感覚で得られると感じることもあった」(横山助教)と話す。JDream SRには重要単語の抽出と関係性のハイライト表示、関連エビデンスの表示等、検索結果を把握しやすいよう整理した形式で確認することができる機能がある。従来の論文調査では、検索でヒットした多くの結果を読み込んだり、場合によっては分析ソフトにかけたりする必要があるが、JDream SRが提供する機能を使用して、タイトルや抄録を読みこんで取捨選択をしなくても、目的の論文に素早くたどり着くことができる。

井元教授らは「JDream SR」の機能のさらなる進化も期待している。井元教授は「現在のJDream SRは、専門医が文献を読むことをサポートするのに特化している。次のステップに進化するためには、重要な情報をサマライズして提示する機能が必要ではないか」と指摘する。つまり、現在は根拠となるたくさんの情報を提示してくれるが「総じてどういうことなのか」を考えるヒントを示してくれるようになれば、研修医や学生、専門医が文献を読み解くスキルを学ぶツールにもなり得るだろう。

また、レビュー(総説論文)はどんなに優れた内容でも新たな研究成果の登場により古くなる。「JDream SR」自体が常に最新のレビューとなる可能性もあるという。

がん患者の個別化医療を加速する

現在、医科学研究所では附属病院の血液腫瘍内科のほか、固形がんの治療に携わる医師、バイオインフォマティクス研究者などが「JDream SR」を活用しはじめたという。その成果として大きく期待されるのが、患者ごとに最適な医療を提供する個別化医療の加速だ。

背景にあるのは「がんの多様性」で患者の遺伝子変異のパターンやそれに基づく医療の課題は患者の数だけあるといってもいい。横山助教は「全ゲノム解析により自分の知見にない遺伝子変異も見つかるようになった。ケースレポートはないだろうと思っていても、JDream SRで見つかることもあり、高度なプレシジョン・メディシン(精密医療)の実現に役立つ」と期待する。

これまでエビデンスに基づく医療を実現するために重要な役割を果たしてきた「診療ガイドライン」は、患者を集団として解析することで得られた研究成果をまとめたものだ。井元教授は「診療ガイドラインと個別化医療をつなぐ存在となるのが、AIによる膨大なデータの解析だ。それを具現化するアプリケーションとしてJDream SRが一役買ってくれたらありがたい」と「JDream SR」のさらなる進化に期待している。

取材・執筆:科学ライター 荒川 直樹(アースワークス)

ご活用いただいているサービス・機能

JDream SR

「JDream SR」は、「JDreamⅢ」が収録する国内の医学薬学文献情報、及び「MEDLINE」が収録する世界の医学薬学文献情報から、自然言語処理AIを活用して薬剤、疾患、遺伝子変異、アウトカム指標等の関係を調査・解析できるサービス。本サービスの基盤となる技術は、株式会社富士通研究所において開発されたもので、富士通研究所及び富士通株式会社が、京都大学、東京大学医科学研究所、産学官連携プロジェクト「ライフ インテリジェンス コンソーシアム(LINC)」との共同研究において評価、実証された研究成果となる。ジー・サーチはこの技術を医学薬学文献のビッグデータ解析に実装し、サービス化を行った。

ページの先頭に戻る