調査分析レポート
デジタルツインに関する論文・特許調査分析事例01基本分析による傾向の把握
はじめに
デジタルツイン(デジタル世界の情報や分析結果をリアル世界に反映するサイバーフィジカルシステムの領域も含みます)とは、現実世界の情報をIoT(モノのインターネット)やセンサーネットワークの技術などで収集し、得られたビッグデータをAI(人工知能)などの技術を用いて仮想空間上に現実世界を再現する技術のことです。
近年注目されているDX(デジタルトランスフォーメーション)やインダストリー5.0(2021年にヨーロッパ委員会が提唱した概念「人間中心の持続可能な産業への変革を目指す構想」)において、デジタルツインは中核となる技術の一つであり、その市場規模は2030年に1,292億米ドルに達すると予測されています(注1)。
特に製造業では生産ラインを仮想空間上に再現することで、「試作におけるコストやリードタイムの削減」、「バーチャル作業トレーニング」、「生産ラインのシミュレーションによるトラブルの事前予知や故障予測」などで活用されており、それ以外の分野においても活用が拡大している模様です。
今回はデジタルツインの研究開発動向を広く探るために、「研究開発のトレンド」、「適用分野の動向」、「課題・用途・要素技術の動向」などについて調査分析を行いましたので、ご紹介いたします。
(注1)「デジタルツインの市場規模は2030年に1,292億米ドルに達すると予測~最新予測」, NEWSCAST, 2022/12/28(https://newscast.jp/news/3008364)
ChatGPTで調べてみたら…
デジタルツイン領域において、どのような適用分野(用途)や要素技術、プレイヤーがいるかなどをこれから調査していきたいと思います。
ところでその前に、今話題となっているChatGPTでもこれらのテーマを調べてみました。今回の調査結果の比較については、最後にまとめます。お楽しみに !
最初はデジタルツインの「適用分野(用途)」に関する質問です。
製造業、スマートシティ、医療が回答に挙げられました。当然、これ以外の分野や用途があると思われますので、今回の調査事例ではその点を深堀していきます。
2番目の質問はデジタルツインの「要素技術」に関するものです。箇条書きで簡潔にまとめられており、とても分かりやすい回答です。今回の調査事例では、これ以外の要素技術や各要素技術の 詳細を明らかにしたいと思います。
最後の質問はデジタルツインの「主要プレイヤー」を尋ねたものです。デジタルツインに関するサービスを世界的に提供している企業がリストアップされています。特許や論文の定量分析を行った場合、これらの企業がランクインするのか、また企業以外ではどのような大学・研究機関が主要なプレイヤーであるのか等に注目して調査を行いたいと思います。
- デジタルツインの適用分野(用途)にはどのようなものがありますか?
-
デジタルツインの適用分野(用途)は広範であり、以下にいくつかの例を挙げます。
- 製造業
- デジタルツインは製造プロセスの監視や最適化に使用されます。実際の機械や設備と対応するデジタルツインを作成し、そのデジタルツインを使用して製造プロセスをリアルタイムでモニタリングし、問題を予測したり、生産効率を向上させたりすることが可能です。
- スマートシティ
- デジタルツインは都市のインフラや公共サービスの管理に活用されます。都市の構造やインフラをデジタルモデルとして再現し、それをリアルタイムでモニタリングすることで、交通制御やエネルギー効率の最適化、災害管理などが可能となります。
- 医療
- デジタルツインは医療分野での診断や治療の支援に役立ちます。患者の生体データや医療機器のデータをデジタルモデルとして統合し、リアルタイムでモニタリングや分析を行うことで、早期の病気の発見や効果的な治療法の提案が可能になります。
- デジタルツインの要素となる技術は?
-
デジタルツインの構築には、いくつかの要素技術が必要です。
- センサー技術
- デジタルツインは現実世界のオブジェクトやシステムをデジタル化するため、センサーテクノロジーが欠かせません。センサーは現実世界のデータを収集し、デジタルツインにフィードする役割を果たします。
- データ収集と統合
- デジタルツインは様々なデータソースからデータを収集し、それらを統合する必要があります。センサーデータ、オペレーションデータ、外部のデータソースなどからのデータを統合し、デジタルツインの正確なモデルを構築します。
- データ解析と機械学習
- デジタルツインはデータを解析し、予測モデルや最適化アルゴリズムを適用することで価値を生み出します。機械学習や統計的手法を使用してデータを分析し、将来の予測や最適な意思決定を支援します。
- 仮想化とシミュレーション
- デジタルツインは現実世界のオブジェクトやシステムを仮想的に再現するため、仮想化とシミュレーション技術が必要です。これにより、現実の状況を再現し、異なるシナリオの評価や予測を行うことができます。
- デジタルツイン業界で注目すべきプレイヤーは?
-
デジタルツイン業界では、いくつかの注目すべきプレイヤーが存在します。ただし、デジタルツインは多様な業界で活用されるため、注目すべきプレイヤーは業界ごとに異なる可能性があります。以下に一般的に注目されるプレイヤーの一部を挙げます。
- GE(General Electric)
- GEは製造業界でデジタルツインを活用しており、工場や設備の監視、保全、最適化を行っています。
- Siemens
- Siemensは産業分野やエネルギー分野でデジタルツインを活用しており、製造プロセスの最適化や効率改善、スマートグリッドの構築などに取り組んでいます。
- Microsoft
- MicrosoftはクラウドプラットフォームであるAzureを活用してデジタルツインの構築やデータ解析を支援しています。さまざまな業界でデジタルツインの実装に関与しています。
- IBM
- IBMは工場や都市などのデジタルツインを作成するためのプラットフォームを提供しており、製造業やスマートシティ分野での活用を支援しています。
- Ansys
- Ansysはシミュレーションソフトウェアを提供しており、製品やプロセスのデジタルツインを構築し、性能や挙動を予測するためのツールを提供しています。
これらは一部の例であり、デジタルツインのプレイヤーはさまざまな業界や地域にわたって存在しています。
調査対象
特許及び論文について、以下のデータベース検索を行い、それぞれ得られた母集団を分析対象としました。
- 特許検索
- 特許調査にはPatentSQUAREデータベース<https://www.panasonic.com/jp/business/its/patentsquare.html>を使用し、 全世界を対象とした検索で得られた8,156件を分析対象としました。
- 論文検索
- 論文調査にはJDreamⅢデータベース<https://jdream3.com/>を使用し、「JSTPlusファイル」の検索(2023年5月17日実施)で得られた約12,100件を分析対象としました。
全体の動向
図1に特許及び論文の経年推移の結果を示します。
特許及び論文共に似たような傾向を示しており、2016年から増加し始め、2020年以降で大きく伸長しているのがわかります。
一般的に論文は基礎研究段階を示す先行指標、特許は技術の応用度を計る指標として捉えることができますが、2016年以降は件数的に論文が先行し、その1~2年後に特許の件数が追い付いていることから、「基礎研究 ⇒ 技術開発」の流れがどちらにも偏ることなく進展しているものと思われます。
- 2022年以降はデータベース収録の遅れなどで全データを反映していない可能性があります。
国別の動向
次に、国別の傾向を見てみましょう。図2は主要特許庁別の特許出願数の推移を示すグラフです。
2020年以降の中国の伸びが大きく目立つ結果となっています。
全技術分野を対象とした中国の特許出願傾向(2018年まで増加トレンドで、それ以降はほぼ横ばい)(注2)に照らし合わせて考えてみても、ここ数年、デジタルツイン関連技術の出願は中国において急増しているものと考えられます。
米国は2012~2018年までは1位でしたが、2019年以降は中国に抜かれ、その後大きく差が開いています。
- 2022年以降はデータベース収録の遅れなどで全データを反映していない可能性があります。また、2022年の中国だけの突出は調査に使用したデータベースの仕様に起因しているものと思われます。
(注2)「中国の最新知財動向」 スライド5ページ, JETRO, 2023年4月(https://www.wipo.int/edocs/mdocs/mdocs/en/wipo_webinar_wjo_2023_2/wipo_webinar_wjo_2023_2_1.pdf)
図3は各特許庁別の特許出願数比率を示すグラフです。
中国が全体の45%を占めており、次いで米国が24%と中国の約半分の比率となっています。日本は4%で、5%の韓国より低い比率となっていました。
- 最先の優先権出願年で2012~2021年のデータの集計結果です(2022~2023年のデータは含んでいません)
図4は論文における第一著者国籍別の発表件数の推移、図5-1は国籍別の比率を示すグラフです。
比率では欧州が38%と最も多く、次いで中国の24%、米国の14%の順となっています。
欧州は2016年以降で堅調に増加しているのに対し、中国は2021年から大きく増加していることがわかります。
また、新興国であるインドやロシアの研究機関が上位にランクインしている点は興味深い結果です。
図5-2は欧州における国別の内訳を示したグラフです。
ドイツが24%で最も多く、ドイツの約半分となるイタリア(12%)とイギリス(11%)がそれに続いています。
- 2022年以降はデータベース収録の遅れなどで全データを反映していない可能性があります。
主要プレイヤーの動向
表1は主要特許庁出願別の上位出願人を示した表です。
全体を通じて、シーメンス(ドイツ)の出願が目立っており、欧州だけではなく、中国及び米国にもランクインしています。
シーメンスの特許は「複数機械の集中管理や総合的工場管理に関する技術」が多い傾向にあるようです。
中国特許庁への出願では国家電網(中国)が103件と最も多く、「発電計画や電力負荷予測などの電力供給に関する技術」が中心となっています。2位の北京航空航天大学は「航空機や車両の設計における最適化や機械学習を用いたシミュレーションに関する技術」となっています。
米国特許庁及び欧州特許庁への出願では、シーメンス以外はIBM(米国)、ゼネラル・エレクトリック(米国)、ハネウェル(米国)といった米国を本社とする多国籍企業がランクインしています。
出願内容の傾向として、IBMは「デジタルマーケットプレイス(購買・販売)に関するものやデジタルツインにおける機械学習に関する技術」、ゼネラル・エレクトリックは「タービンエンジンなどの寿命予測や工場・施設の管理・監視に関する技術」、ハネウェルは「サイバーフィジカルシステムの安全性や異常検知に関する技術」などの特徴が見られました。
次に、論文の主要プレイヤーを見てみましょう。
表2は論文の第一著者国籍別の上位研究機関を示した表です。
ランクインした研究機関の主な論文例を見ると、中国籍の上位機関は東北大学、浙江大学、北京航空航天大学、で論文の内容は「サイバーフィジカルシステムへの攻撃検知及び防御」や「サイバーフィジカルシステムのセキュリティ」といったシステムの安全性に関する技術が目立っています。
一方、欧州国籍の上位機関(ミラノ工科大学(イタリア)、シュトゥットガルト大学(ドイツ)、アーヘン工科大学(ドイツ))は「生産管理システム」、「オートメーションシステム」及び「スマートファクトリー」といったデジタルツインの製造工場への適用に関する技術が多い傾向となっています。
表1:主要特許庁出願別 上位出願人
No | 出願人 | 出願数 | 主な出願例 |
---|---|---|---|
1 | 国家電網(中国) | 103 | 発電計画、電力負荷予測などの電力供給に関する技術等 |
2 | 北京航空航天大学(中国) | 85 | 航空機や車両の設計における最適化や機械学習を用いたシミュレーションに関する技術等 |
3 | シーメンス(ドイツ) | 64 | 複数機械の集中管理や総合的工場管理に関する技術等 |
No | 出願人 | 出願数 | 主な出願例 |
---|---|---|---|
1 | IBM(米国) | 90 | デジタルマーケットプレイス(購買・販売)に関するもの及びデジタルツインにおける機械学習に関する技術等 |
2 | ゼネラル・エレクトリック(米国) | 88 | タービンエンジンなどの寿命予測や工場・施設の管理・監視に関する技術等 |
3 | シーメンス(ドイツ) | 80 | 複数機械の集中管理や総合的工場管理に関する技術等 |
No | 出願人 | 出願数 | 主な出願例 |
---|---|---|---|
1 | シーメンス(ドイツ) | 138 | 複数機械の集中管理や総合的工場管理に関する技術等 |
2 | ゼネラル・エレクトリック(米国) | 20 | 製品の寿命予測や工場・施設の管理・監視に関する技術等 |
3 | ハネウェル(米国) | 13 | サイバーフィジカルシステムの安全性や異常検知に関する技術等 |
No | 出願人 | 出願数 | 主な出願例 |
---|---|---|---|
1 | 電子通信研究院(韓国) | 24 | デジタルツインの構成やリアルタイムシミュレーションに関する技術等 |
2 | 韓国電子部品研究院(韓国) | 9 | デジタルツインの自動車や建設機械での利用に関する技術等 |
No | 出願人 | 出願数 | 主な出願例 |
---|---|---|---|
1 | 日立 | 13 | サイバー攻撃の監視システムに関する技術等 |
2 | トヨタ自動車 | 9 | 車両の状態や性能を予測する技術等 |
表2:論文の第一著者国籍別 上位研究機関
No | 研究機関 | 論文数 | 主な論文例 |
---|---|---|---|
1 | 東北大学(中国) | 112 | サイバーフィジカルシステムへの攻撃に対する検知及び防御に関する技術等 |
2 | 浙江大学(中国) | 93 | サイバーフィジカルシステムのセキュリティや安全性に関する技術等 |
3 | 北京航空航天大学(中国) | 68 | デジタルツインのモデリング手法に関する技術等 |
No | 研究機関 | 論文数 | 主な論文例 |
---|---|---|---|
1 | カリフォルニア大学(米国) | 89 | デジタルツインにおける機械学習フレームワークに関する技術等 |
2 | ヴァンダービルト大学(米国) | 48 | 自律型サイバーフィジカルシステムに関する技術等 |
3 | ジョージア工科大学(米国) | 40 | サイバーフィジカルシステムへの攻撃と防御に関する技術等 |
No | 研究機関 | 論文数 | 主な論文例 |
---|---|---|---|
1 | ミラノ工科大学(イタリア) | 67 | デジタルツインによる生産システム・生産管理システムに関する技術等 |
2 | シュトゥットガルト大学(ドイツ) | 61 | デジタルツインによる産業オートメーションシステムに関する技術等 |
3 | アーヘン工科大学(ドイツ) | 60 | デジタルツインによるスマートファクトリーに関する技術等 |
No | 研究機関 | 論文数 | 主な論文例 |
---|---|---|---|
1 | インド工科大学(インド) | 61 | デジタルツインにおけるシミュレーションのリアルタイム性に関する技術等 |
2 | 国立工科大学(インド) | 22 | 医療用途のサイバーフィジカルシステムに関する技術等 |
No | 研究機関 | 論文数 | 主な論文例 |
---|---|---|---|
1 | サンクトペテルブルグ工科大学(ロシア) | 49 | サイバーフィジカルシステムの情報セキュリティに関する技術等 |
2 | ロシア科学アカデミー(ロシア) | 44 | デジタルツインによる意思決定支援システムに関する技術等 |
No | 研究機関 | 論文数 | 主な論文例 |
---|---|---|---|
1 | 成均館大学校(韓国) | 21 | デジタルツインの建設分野で利用(建物のライフサイクル管理等)に関する技術等 |
No | 研究機関 | 論文数 | 主な論文例 |
---|---|---|---|
1 | 東京大学 | 23 | サイバーフィジカルシステムによる多品種少量生産システムに関する技術等 |
全体動向・国別動向・主要プレイヤー動向のまとめ
全体動向
- 数(論文:発表数、特許:出願数)を指標とすると、2016年から論文が先行し、その1~2年後に特許が追いつく、という形で毎年増加傾向が続いており、2020年以降はさらに増加率が伸長していることから、今後も増加傾向が続いていくものと思われます。
国別動向
- 特許は中国特許庁への出願が全体の45%と最も多く、それに米国が24%と続いています。特に2020年以降の中国の伸びが大きいのですが、他国は顕著な上昇トレンドを示していないことから、今後、中国は他国との差を広げていくものと思われます。
- 論文は欧州が全体の38%と最も多く、次いで中国の24%、米国の14%という順番でした。中国は2021年から増加率が他国に比べて大きいことから、2023~2024年には欧州を逆転する可能性が考えられます。
主要プレイヤー動向
- ChatGPTでは、「General Electric」、「Siemens」、「Microsoft」、「IBM」、「Ansys」などの企業が主要プレイヤーとして挙げられましたが、特許出願人ランキングの結果をみると、「IBM」、「General Electric」、「Siemens」は登場しており、ChatGPTの回答の精度は侮れない印象でした。
- 特許では全体を通じて、シーメンス(ドイツ)の出願が目立っており、欧州のみならず、中国や米国でもランクインしていました。シーメンスの特許は「複数機械の集中管理や総合的工場管理に関する技術」が多い傾向のようです。
- 論文では各国における代表的な研究機関が上位にランクインしていました。中国籍の上位機関は東北大学、浙江大学、北京航空航天大学で論文の内容は「サイバーフィジカルシステムへの攻撃検知及び防御」や「サイバーフィジカルシステムのセキュリティ」といったシステムの安全性に関する技術が多かったのに対し、欧州国籍の上位機関(ミラノ工科大学(イタリア)、シュトゥットガルト大学(ドイツ)、アーヘン工科大学(ドイツ))は「生産管理システム」、「オートメーションシステム」及び「スマートファクトリー」といったデジタルツインの製造工場への適用に関する技術が多い傾向となっており、国・地域により研究テーマにおける特徴や傾向が存在する可能性が考えられました。